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KIOKU

KIOKU = 江戸編

時は天保六年の夏
場所は江戸の深川

ウ〜眠いな〜
今日も変な夢を見たな〜
けど、何、だっけもう、忘れた。
ま〜いつものことだが。
そんな事より、今日も仕事頑張るか〜

この男は、名を東司(トウジ)と言う飾り職人。
両親は、日本橋で呉服問屋を営んでいて、裕福であった。
東司は、そんな家の長男として育てられた。下には、弟の幸司がいた。
東司は、幼い頃から不思議な物が見え、両親や周りの人たちに、気味が悪いと言われて育った。
誰にも信じてもらえない東司は、自然に心を閉ざしていった。
そんな東司を両親は世間体を気にして、離れに、なかば軟禁状態で住まわせた。常に孤独であった。
いつも一人で、いるせいか、物を作ることが好きだった。
両親も、東司が物を作っている間は、変なことを言わないので勝手にさせていた。
家督は幸司が継いだため、東司はよけいに家に居づらくなっていた。
18歳の時に飾り職人になるために家を出た東司は、江戸でも有名な江戸屋に身ならない職人として働くことにした。
小さい頃から、器用だった東司は、みるみるうちに、腕を上げていった。
22歳の若さで、深川の長屋の一角に自分の仕事場を持つことができた。
最初は、良い物を作ってもなかなか売れなかった。
東司の仕事場は自分一人なので、すべての行程を一人でやらなければならなかった。
東司はもともと引っ込み思案なので営業や販売が苦手なのだが、これらも自分でやるしかなかった。
数年がたち東司は24歳になっていた。仕事は順調で、江戸でも結構名が知れ始めていた。

今日は、京橋の水戸屋と神楽坂の「あかね」さんの所に納品か。

あかねさんに会えるので、東司は上機嫌だった。
あかねさんは、神楽坂の料亭菊川のおかみさんで
初めてクシを買ってくれた人で何かと気にかけてくれていた。
美人であこがれの人でもあった。

まずは、京橋の水戸屋に向かった。
思ったより、水戸屋が早めに終わったので、久しぶりに根津神社へ行ってみることにした。

根津神社の山門に立ちすくんでいる人が目にはいった。
それは、美しい女、いや男に目が釘付けになった。
何か、ぼ〜と、空を見上げていた。
私は、一度通り過ぎたが気になって、思わず後戻りして声をかけてしまった。

あの〜どうかしましたか?
なにか、お困りですか?

男は、ハッと我に返って、笑顔で「ありがとう」と言った。
私も、ハッとしてしまった。

「空があまりにも綺麗な物で、つい見とれてしまって。」と笑った笑顔が返ってきた。
私も思わず、空を見上げてしまった。

空には夏らしく真っ白な入道雲が山のようにそびえ立っていた。
その脇には月が今にも消えそうに輝いていた。

本当ですね〜 ほんときれいだ。
二人は沈黙のまましばらく空を見ていた。

「あなたも、このきれいな空も何かの巡り合わせ」
「天は何かを私たちに伝えようとしているかも知れませんね」
と男は言った。
「ハッハ〜そうですね」
戸惑いながらもなぜか、忘れていた物が蘇ってきたような気がした。

私は、なぜかもっと話したい気持ちになっていた。

「あの〜私は東司と申します」
「何か〜その〜お困りのことはありますか?」
あっ、なにいってんだ俺!!
「あなたこそ、お困りのことがあるのでは?」
「えっ、アッ、べっべつにありません」と
反射的に答えてしまった。
「なら、よろしいのですが」

「あの〜すみませんが」
「お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「和月(ワヅキ)と申します」
「あの〜また、和月様とお会いしたいのですがよろしいでしょうか?」
「私は、根津神社の裏の離れで」
 指をさして。
「ほら、そこの、108つの鳥居をくぐった所だよ」
「そこで、和算塾をやっているから、いつでも遊びに来るといいよ」
「大歓迎だよ」
「ありがとうございます」
「今日はこれから、用事がありますので、これで、失礼します」

東司は、根津神社で早々におまえりを済ませて、足早に菊川に向かった。
夕暮れ時になっていた。

料亭菊川は、神楽坂では中堅どころで、料理の味に関しては江戸一番と評判の料亭であった。
庭には、小さな池があり、錦鯉が20匹程度と中庭には、京風の枯山水のこぢんまりとした庭があった。
いつも、東司は裏口から枯山水の横を抜けて勝手口に入っていた。

「すみませ〜ん。」
「は〜い。」
みならいの「おせん」ちゃんが出てきた。
おせんちゃんは、菊川に来てから3ヶ月かわいらしい16歳、今日で会うのは3回目である。

「すみませんが、女将さんをお願いします。」
「はい、わかりました。少々お待ちください。」
奥から、「東司か〜い、急がせてすまないね〜」
「いえ!とんでもありません」
「こちらこそ、いつもお世話になってしまって」
「こちらが、ご注文のカンザシです。」

銀色のきらめきに、スートなんともいえない二つの曲線が交わり、結び、また交わり結ぶ、
先端には大きな紅いトンボ玉、その周りを6個の小さなトンボ玉が花のように囲っていた。

「ワ〜ステキ!さすが東司、また腕を上げたね。」
「ありがとうございます。」
「これはね、「おせん」にと思ってね。きっと喜ぶよ。」

東司は、先ほどお会いした、和月さんの事を話した。

「和月さんね!」
「最近根津に引っ越してきたみたいよ。」
「けっこう美形で、神楽坂の芸子集でも噂になっているのよ!」
「へ〜、そうなんですか」
「なんでも、根津神社の離れで、確か、和算とやらを教えてるとか。」
「和算てなですか?」
「私も、詳しくないけど、難しい図面をいろいろと……とにかくわからないね〜」
「最近、和算の本が出てね江戸中で大流行みたいだよ?」
「へ〜、そうなんですか」
「私は、会ったことがないけど、どんな感じの人なの?」
「ウム〜、なにか、変わってました」
「もちろん、うわさ通りの美形で」
「今までに、会ったこともない、とにかく変わった人ですね」
「私も、どれほどの美形か会ってみたい物だね〜」

東司は、神楽坂を後に家路へと向かった。
東司は、和月さんのことが、頭から離れなくなっていた。
さっそく、明日、会いに行くことにした。

午前中に仕事を、早めに切り上げて根津神社へと向かった。

根津神社の裏手の108あるとされる、朱塗りの鳥居を抜けと、和算会と言う看板を目にした。

ここか!
「ごめんくださ〜い」

奥の方からすべるように和月先生はあらわれた。
「来ましたか」
「まっ、お上がりなさい」
「はっはい、失礼します」
どうも、先生の前だと緊張してしまう。

玄関を右に抜けて、廊下の途中に、訳のわからない図形が木板に描かれてた、たくさん物が飾られていた。

「あの〜これは?」
「それは、和算の問題ですよ」
「良い問題はここに飾ることにしてるんです」
「これは、みんな塾生たちが作ったんですよ!」
「ハー、」さっぱり東司には、わからなかった。

「ここが、みんなが勉学に勤しむ場所です」
子供から大人まで、男女とわず、みんな机に向かって考え事をしているように見えた。

廊下を真っ直ぐ行った突き当たりの部屋に通された。
そこは、板張りで、大きい机に椅子が4つ、いろんな書物や見たこともない道具や物であふれかえっていた。

「まっ、おかけください」
「はっ、はい」
「良く来てくれました」
「どうぞ、飲んでください」
「なっ、これは一体なんですか?」
ギヤマンの器に赤い血のような液体が入っていた。
「葡萄酒ですよ」
「フランスのお酒ですよ」
「フランス??」
「毒などは、入ってませんよ」
「飲んでみてください」
東司はおそるおそる口にした。
「おいしい!!」
「おいしいです」
世の中には、こんなものがあるのか?
「他にも、聞きたいことがあるのでしょ」
「なんでも、お答えしますよ」
なにか、見透かされているようであった。
「ところで、和算て、なんなんですか?」
「簡単に言うと数学の事ですよ」
「あっ、数学わかりませんよね」

「説明はむずかしいけど」
「和算を学べば、世の中のいろんな所で役に立つんですよ」
「たとえば、大きな水車の羽を作るのにとか、大きな木の高さを切らずに計ることができるとか、いろいろですね」
「へ〜、そうなんですか」
「あの丸い物は?」
「地球儀、と言います」
「この太い棒は?」
「望遠鏡です」

私は、いろいろなことを聞いて、先生の凄さにおどろかされた。
そして、一日で先生のとりこになっていた。

凄い、凄すぎる。
先生なら、私の長年の悩みを打ち明けても良いかも知れないと思った。
そして、それを解決してくれるのではないかと思った。

話は尽きなかったが、今日はこの辺で帰ることにした。
家に帰っても興奮して眠れなかった。

数日後、仕事も一段落したので、先生の所に行くことにした。

108の朱塗りの鳥居を抜けて和算会に着いた。

「ごめんください」
あっれ?、今日は休みなのか?
返事がなく、塾生もいる気配もない。
せっかく来たので、先生だけでもいるかなと思い、裏口の庭から入ろうとした。
その時、先生が目に入った。
先生は、縁側から、庭の中程を見つめていた。
その視線の先には、スラッとした美人でかわいらしい、ゆかた姿の女性がぼぉ〜と、立っていた。

えっ!この人! 人間じゃない!
まさか!先生も見えるの?と思い。
先生の方に視線を移した。
先生は、私に視線を移していた。
先生は無言のまま、私に、「話を聞いてあげなさい。」と言った。
「えっ!、でも……」戸惑っている私に
「困っている人には、手を差し伸べてあげなさい。あたりまえですよ」と、また無言のまま言った。

私は、ゆかたの女性に近づいていった。
ゆかたの女性は今度は、ぼくの方を見ている。

近づいたぼくは、ゆかたの女性に
「あっ、あの〜」
「大丈夫ですか?」
彼女は無言だった。
「あっあの〜その〜」
「ここでは、なんですから〜」
「家の中で、甘酒でも飲みませんか?」と
ぼくは、彼女の肩にふれた。あっ!

「オイ! 五平さん」
「はっ、はい」
「今日は、三両、耳をそろえて返してもらわないとね」
「あの〜その〜もうしわけありません」
「なんだと=!!」
「ま〜いいや」
「今日は、約束の期限、返せないなら、娘さんをもらっていくから」
「悪くおもわんでくれ」
「それだけは〜ご勘弁を〜」
「ふざけちゃ困るね〜借りた物は返すのが筋ってもんじゃねえのか」
娘は震えながら、涙ぐみながら。
「おっと〜、いいだ、いいんだ、覚悟してたから」
「みんなとも、今日でお別れだ」
私は寝たままだった、体を動かすこともできなかった。
妹は借金の形に連れて行かれてしまった。
涙だけが、ほほをつたわっていた。
両親はただ泣き崩れているだけだった。
私は、自分のせいで……くやしい。
私の命がもっと早く尽きていればと、神にさえ怒りを感じた。
両親は私を憎むことなく、愛してくれた。私はその愛に応えようと戦った、ただそれだけなのに。
私たちは、自ら死を選ぶことにした。

えっ!これは……記憶、一瞬のことだった。

先生の部屋で詳しく話を聞くことにした。
「お名前をお聞かせながうかな」
「おりょう、と申します」
「おりょうさん、だいたいのいきさつはわかりました」
「妹さんに会いたいのですね」
「妹さんのお名前は?」
「おせん、といいます」
「えっ!」もしかして!
「神楽坂にいると聞いています」
「まちがいない!」
「菊川のおせんちゃんのことです」
「なんだ、知っている人か」
「それなら、早いところ会わせてやりなさい」
「はい、わかりました」
「それと、この腕輪を持って行きなさい」
「腕輪を身につけると普通の人間にも姿が見えるようになる」
「それは、凄い」
「だが、まだ未完成いや…」
「霊術が未完成なので、霊力が持続できない」
「姿を保っていられるのは、一刻(2時間)程度が限界だが」
「これを使えば、おせんちゃんも喜びますよ」
「今日は両国の花火大会だから、東司が妹さんを誘ってみてはどうかね」
「先生それは、良い考えですね」
「いろいろありがとうございます」
東司とおりょうは、菊川へと向かった。

菊川へ行く途中、おりょうさんは、何度も何度もお礼を言った。
私は何度もお礼を言う、おりょうさんに
「なんで、この世界は無情なのでしょうか」
おりょうさんは
「私には、よくわかりませんが、愛する心があるからなのではないでしょうか」
と言った。
私は、何も答えることができなかった。

菊川に到着した。
「すみません〜」
「は〜い」と、おせんちゃんが出てきた。
おりょうさんは、ぼくの横でおせんと言って、涙を流していた。
あの〜すみませんが、女将さんお願いします。
「はい」
「あの〜カンザシありがとうございました」
「あっいやっ」
「少々お待ちください」
あかねさんが出てきた。
「なにかようかい」
「あかねさんに、お願いしたいことがありまして」
「なんだい!」
「おせんさんを、今晩、両国の花火大会にお誘いしたいのですが」
「ほほ〜」ニヤニヤしながら「東司もすみにおけないもんだね〜」
「いゃ〜これには深い事情が〜ありまして」
「いいよ〜仕事には差し支えないから」
「ただし、おせんを泣かせるような事をしたら承知しないからね!!」
「そっそっんなの、あたりまえですよ」
「若い者はいいね〜」と言いながら。
「おせん、いるかい〜、おいで!」
「はい」
おせんは、忙しそうに小走りで奥から出てきた。
「東司が、あんたと花火大会に行きたいんだと」
「えっ!」おせんは、少しほほを赤らめ、もじもじしていた。
「行っておあげ!!」
「私なんかでよろしいのですか」
「よろしければ、ぜひ、お願いします」
夕方、両国橋で待ち合わせることとなった。

東司は周囲を念入りに確認しながら
「この辺なら、大丈夫」
「おこうさん、そろそろ時間なので、腕輪を着けます」
「はい、お願いします」

東司は、腕輪をはめると、カチッと音がした。
その時、腕輪からの薄い光が、おこうさんの全身を包み込んだ。
これで、本当に大丈夫なのか? 少し不安であった。

おっ、来た。
「おせちゃん〜」と手を振った。
こちらに、直ぐに気づいたらしく、小走りでこちらに向かってきた。
「お待たせしました」少し息ずかいがあらかった。
「無理にさそってすみませんでした」
「いえ、そんなことはないです」
「さっそくなんだけど、紹介したい人が入るんだけど」
「はい」「えっ、あっ、えっ、お姉さん!!」
「本当にお姉さんなの」
「体は大丈夫なの、元気になったんだね」

その時、ヒュ〜バーン、ヒュ〜バーン、と花火の音が辺り一面に響き渡った。
二人は空を見上げて「きれいだね」とつぶやいた。

二人は、花火をみながら、言葉も交わさずに、いつまでもよりそっていた。
楽しい時間は、過ぎていった。
東司には、もう時間が無いことを感じていた。
おりょうさんも、感じ取っていたようだ。

「おせんちゃん、すまないが、団子を3本買ってきてくれないか」
「え、はいわかりました」
「おせんさん、ありがとう」
おりょうさんと二人だけになった。
「時間がありません」
「東司さん」
「はい」
「おせんをよろしくおねがいします」……よろしく……
ヒュ〜バーン、忘れられていたように、花火が夜空に開いた。

チャリ〜ンと腕輪が落ちる音がした。
ぼくにも、あかねさんの姿は見えなくなっていた。

翌朝。
料亭菊川におせん宛の文が届いた。
それは、家族からの遺書であった。

つづく

第二話
私は、現在、和算会の和月先生に弟子入りすることになり、いろいろと先生のお手伝いをすることになった。

おこうさんの一件以来、おせんちゃんは、暇さえあれば私に付きまとうようになっていた。
あかねさんは、先生に一目惚れしたらしく、何かとあれば、和算会に訪れるようになった。

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